<コムハウス建設の理由2>

−自己満足のため−

人生があと長くても20〜30年しかないので、精一杯やりがいを感じて楽しく活動するにはこれしかないと考えました。もっとも「コミュニケーションハウス建設」の夢は20年も前から考えていましたが、小銭が貯まらなかったので実行できませんでした。子供も結婚し独立しました。退職金ももらいました。この後は、夢とロマンを追いかけるのがすばらしい人生になると思います。GNP(元気で、長生き、死ぬときゃポックリ)が理想で、そのためには、自分のやりがいを発見するしかないのです。お金をもってお墓に行くことはできません。お金を使ってある意味で道楽をするのです。社会に尽くしたと言う実感が心を豊かにし、すばらしい人生になると思います。金を稼ぐだけの企業活動には、その魅力がありません。地球の未来を考えて生活の原点を見つめながら地域で生きていくことに魅力を感じるからです。

この人生観はやはり、幼いころの原体験が元になっていると思います。子供のころ極度の貧しさの中でドジョウや蛙を捕まえて食べました。マキの木を割ると蛾のサナギが出てきて、ゴトウ虫と言ってこれを焼いて食べるとおいしいおやつでした。食べられる草木やキノコは今でも感で分かります。自然との対話でこの感が育ったのです。しかし、人間との対話が不得手でした。幼いころからいつもケンカ口になるには、何故俺の考えていることが理解されないのかと言う不満からでした。大学入学で東京へ出てきて、いろいろな大学の学生がいる20名程収容の学生寮に入りました。日本家屋の畳の部屋に2〜3人づつ入居する型でした。部屋に鍵があるわけでなく、コーナーに自分の机と椅子、書棚をならべて、寝る時は押し入れから布団を出して隙間のない状態に敷いて寝るのです。この4年間の経験は、人間関係を学んだ時であったと思います。その時の体験から、私は「集団生活を経験していない人はカタワであまり信用できない」と言ってきました。当時ヨット部(他大学の)で海に投げ出されて死んだ人は、皆一人っ子でした。集団生活によって学ぶ生命力が劣っていたのではないかと思います。現在の個室群住居は益々閉じこもりの登校拒否児(大人も)を生み出す原因になっているのではないかと思います。

自分の胸に手をあてて考えてみると、誰にもわずらわされたくない、プライバシーを守りたい気持ちがあるのです。その一方で孤独はさびしく、人が恋しくなるのです。会社人間の間は仕事を通じて孤独を感じる閑がなく、むしろ一人の環境を望んでいますが、定年退職をして毎日一人で孤独を楽しむことなどはできません。皆とワイワイ騒いで時間を過ごすのが一番楽しいのです。新しく生活環境を作る時、一人の閉じこもり環境を作ることに重点がおかれてしまいがちです。しかし、人の集る場づくりが如何に重要か認識する必要があります。貧しい時は否応なく一人の環境は作れませんでした。そのワイガヤ環境が人間を成長させ豊かな社会づくりに必要で結果的に機能したのです。でも今は、あえてワイガヤ環境を作らないと一人の環境作りのみになりがちです。コミュニケーションハウスはモノが豊かになった時代に、個室群ができ過ぎるアンティテーゼとしてワイガヤ環境の場づくりなのです。老後の孤独を解消する場なのです。